Book
2004年01月11日
SFと言えば、中学生の頃「鋼鉄都市」を読んで以来アイザック・アシモフのファンなのです。
アシモフって誰よ?という方のために一言で説明すると、今日殆どのロボット・フィクションに何らかの影響を与えている「人間を傷つけたりしない範囲で自分を守らねばならない」のような「ロボット三原則」を作り出した人です。「ロボット」という言葉自体はチェコスロバキア人のチャペックという人が最初に使ったようですが、今日の「ロボット観」は、アシモフによってその基盤が作られた、と言っても過言ではないと思います。(HONDAのASIMOも、ロボットの父・アシモフにちなんだものでしょう、多分。)また、なんと1950年代から「銀河帝国」の興亡史を描いているのですが、そのスケールの大きさは今も色あせない面白さです。
そんなわけで、
アシモフがいなかったら鉄腕アトムもスター・ウォーズも生まれなかった
と、誰もが認める巨匠です。自然科学に造詣が深く、SF以外にも多くの著書がある多趣味多才な人なのですが、残念ながら92年に亡くなりました。
久々に読んだアシモフ作品「永遠の終わり」でしたが、読んだ感想としては、
「永遠の終わり」がなかったら「12モンキーズ」は生まれなかった
かもしれない、と思いました。タイム・トラベルを職業にしている男を中心にした物語ですが、実は、ラスト近くで銀河帝国との繋がりも明らかになるなど、「ファウンデーションシリーズ」の一コマとしての顔も見せていました。文字通りの意味で、人類の歴史を変えるラブストーリーでもあります。登場人物の顔がありありと思い浮かぶ描写のうまさが秀逸ですが、それが、私が過去に見たSF映画の影響か、はたまた、それら映画が元々アシモフの産物なのか微妙ではあります。
これを機にアシモフを読んでみようと思った方で、ガツーンと衝撃を受けたい・アシモフ節を堪能したい方には、「ロボットシリーズ」か「ファウンデーションシリーズ」。特に初めての方には「鋼鉄都市」か「われはロボット」をオススメします。
「永遠の終わり」も面白いのですが、ファウンデーションシリーズを読んでからの方が「なるほど感」が味わえるかと思います。
アシモフって誰よ?という方のために一言で説明すると、今日殆どのロボット・フィクションに何らかの影響を与えている「人間を傷つけたりしない範囲で自分を守らねばならない」のような「ロボット三原則」を作り出した人です。「ロボット」という言葉自体はチェコスロバキア人のチャペックという人が最初に使ったようですが、今日の「ロボット観」は、アシモフによってその基盤が作られた、と言っても過言ではないと思います。(HONDAのASIMOも、ロボットの父・アシモフにちなんだものでしょう、多分。)また、なんと1950年代から「銀河帝国」の興亡史を描いているのですが、そのスケールの大きさは今も色あせない面白さです。
そんなわけで、
アシモフがいなかったら鉄腕アトムもスター・ウォーズも生まれなかった
と、誰もが認める巨匠です。自然科学に造詣が深く、SF以外にも多くの著書がある多趣味多才な人なのですが、残念ながら92年に亡くなりました。
久々に読んだアシモフ作品「永遠の終わり」でしたが、読んだ感想としては、
「永遠の終わり」がなかったら「12モンキーズ」は生まれなかった
かもしれない、と思いました。タイム・トラベルを職業にしている男を中心にした物語ですが、実は、ラスト近くで銀河帝国との繋がりも明らかになるなど、「ファウンデーションシリーズ」の一コマとしての顔も見せていました。文字通りの意味で、人類の歴史を変えるラブストーリーでもあります。登場人物の顔がありありと思い浮かぶ描写のうまさが秀逸ですが、それが、私が過去に見たSF映画の影響か、はたまた、それら映画が元々アシモフの産物なのか微妙ではあります。
これを機にアシモフを読んでみようと思った方で、ガツーンと衝撃を受けたい・アシモフ節を堪能したい方には、「ロボットシリーズ」か「ファウンデーションシリーズ」。特に初めての方には「鋼鉄都市」か「われはロボット」をオススメします。
「永遠の終わり」も面白いのですが、ファウンデーションシリーズを読んでからの方が「なるほど感」が味わえるかと思います。
2003年12月22日
何と言うか「やられたっ」というのが読後の第一印象でした。
私は、新卒で入社して以来ずっとかなり大規模なSIerで働いていますので、仕事は全て組織が大きいが故の難しさとの闘いの連続なのですが(小規模な会社でお勤めの方には、またそれは違った難しさがあるのだろうと思います)大きな会社ならではの制約をこの本は「五つの原則」で鮮やかに切り取ってくれています。詳細を語るととても2,000字では足りませんので、ここでは原則の紹介のみにとどめます。
原則1:企業は顧客と投資家に資源を依存している
原則2:小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない
原則3:存在しない市場は分析できない
原則4:組織の能力は無能力の決定的要因になる
原則5:技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない
どの原則も「なるほどなぁ」と思いますが、特に私自身が長い間痛感しているのは1と2、そして5でしょうか。
技術そのものはあっても、既存ビジネス(自社もしくは重要顧客の)とのカニバライゼーションゆえに、なかなか手が出せずにいるうち、コンペティタがやり出してそれが妙に流行っちゃったから、慌ててじゃあウチも、なんてパターンがいかに多いことか。
それはさて置き、この本の主要でよく知られているメッセージは、
既存のProvenな技術の品質改良をベースとする「持続的イノベーション」に対して、従来よりも品質自体は劣り、機能もシンプル、かつ値段も安いし利益率も低い新しい技術の登場によって市場の構図を変え、ひいては従来の市場を食ってしまうものを「破壊的イノベーション」と呼び、それは従来どおりの仕事のやり方の従来の組織では成功させることが難しい。なぜなら、実績のある企業は、顧客の意見に注意深く耳を傾け、競争相手の行動に注意し、収益性を高める高性能・高品質の設計と開発に資源を投入し、技術的にも実現可能で、堅実な市場に集中するからである。優秀な企業ほど、見えている市場を扱うマネジメントに長けているがゆえに、存在しない市場の扱いに失敗する
というものだと思います。これをディスクドライブ業界の事例で見て行くと、
「新しい技術で」参入する場合、先行者が累計620億ドルの売上高(76-94年)を計上しているのに、市場が確立してから遅れて参入した企業は33億ドルの売上高しかあげていない。一社あたりの売上を見ると、破壊的技術によって開拓された市場に遅れて参入した企業は、平均で1社あたり6,450億ドルの売上高を計上。一方、破壊的技術をリードした企業は平均19億ドルの売上高を計上した。(これこそがイノベーターのジレンマ)そして、小規模な新しい市場に参入することによって成長を求める企業は、大規模な市場で成長を求める企業の20倍の売上を計上している。
但し、このメッセージと同じくらい重要なのは、
最も成功率が高く、得られるリターンが大きいのは、「実証された技術で」「新しい市場」へ参入したときであり、また、破壊的技術の新しい市場が発展せずに終わるかも知れない市場リスクは言うまでもなく大きい、ということ
だと私は受け止めました。
既存のビジネスとカニバライズするかもしれないし、既存の優良顧客とは異なる層を相手に、成功するかどうかも定かでない技術に投資して、企業の成長に対するプレッシャーと調和させるためには、既存ビジネスの枠組みからはなれた小規模な組織に任せるべし、というのが本著の主張ですが、これに対して私が思ったのは、
■そもそも企業の本流組織で「やるべき」と判断できない技術に対して、将来化けるかも知れないと判断するのは現実的には非常に難しいだろうということ。
■長く安定した組織では、業務プロセスのみならず文化が定着しているため、スピンアウト組織を立ち上げるにしても、内部の人材だけでは破壊的技術を推進する能力を確保するのが難しいだろうということ。
というわけで、これまで成功して来た企業の有するマーケティング手法では予測できない「破壊的イノベーション」の新たな市場を判断する確率をどう高めるか? が課題かなぁ、と思いました。勿論、撤退までの判断、PDCAサイクルをいかに早めるかも課題でしょう。そのためにも、小さい組織で敏速に意思決定できる形態をとるというのは合理的だと感じました。そう言えば、最近マイブームのほぼ日刊イトイ新聞「シリコンの谷は、いま。」でも「スタートアップはなぜ速く動けるのか?」でこの問題について、体験者の声として語られていてたいへん興味深かったです。それから、「iモード事件」を読むと、やはり全く異なる畑のビジネスの立ち上げに際して松永真理さんのような異能の人をスカウトすることに成功しており、いわば「傭兵部隊」の力をいかに発揮してもらえる環境を作るかが一つのカギなのかな、などと思っています。
最近出たクリステンセン教授の新作「イノベーションへの解」では私の疑問に対する示唆があるのでしょうか。読むのが楽しみです。
2003年12月19日
最近、blogのみならず仕事を通じても、やっぱり自動車って製造業の雄なのかなぁ、と感じることが多く、俄かに自動車業界に対する知的好奇心を刺激されていたので、先日BusinessWeekで紹介されていたこの本を思わずAmazon.comでチェックしたのですが、カスタマーレビューがあまりに面白いので読み耽ってしまいました。
何がって、おそらくBig 3の従業員と思われる業界インサイダーが、よくぞここまでと思うくらい気炎を上げて著者の間違いを指摘してくれているからなのです。これだけ気合の入ったカスタマーレビューを読むだけでも価値があると思います。
けなしてる人のレビューが、面白かった、勉強になる、みたいなことを書いている人の数倍の長さがあります。ここまで熱心にけなされると却ってどんな本なのか気になる天邪鬼な私ですが、この本が届いたら、ぜひぜひこのカスタマーレビューをレファレンスにしながら読んでみたいと思います。
それにしても。
少なくとも日本のAmazon.co.jpでは、私は一度もここまで気合の入った熱心なカスタマーレビューを読んだことがないのですが、今回のようなことってAmazon.com的には普通なんでしょうか。ある意味、ここまで読みこんでくれる読者がいるなんて物書き冥利に尽きるような気も。
ちなみに、本の表紙がBig 3のロゴをかたどっててインパクトがあるなぁ、と感心したので、思わずAmazon.comから表紙画像をコピーしてきてしまいました。そういうわけで「30% Off」になってますが、あまり気にしないでください。まぁ私のblogを見てこの本を買おうと思った人はおそらくAmazon.comで買うだろう、というわけで、たぶん著作権法的にはお目こぼしよね、と都合よく解釈しつつ。
2003年11月29日
ギボンの「ローマ帝国衰亡史」を読了した。(※ 私の斜め読み時の感想と、民主主義の合理性に関する考察は、このBlogで11月4日に取り上げています。)
1000年を超える帝国の歴史をものすごくザックリとまとめると、
帝国の成立(アウグストゥス)、統治体制の大枠と版図が定まる→何人かの優秀な皇帝とその他大勢のダメな皇帝(公共工事、帝国版図拡大を狙ってのチャレンジはあまりうまくいかず、親子の情に走った世襲の失敗)→混乱の時代(次々に即位しては引き摺り下ろされる皇帝。軍隊に対するコントロールが失われる。辺境からの相次ぐ侵入)→ときどき優秀な皇帝が出て小康状態を保つも基本的に内輪揉め多し(辺境属州出身の軍人皇帝による小康状態。分割統治)→絶えざる異民族の辺境侵入と帝国の爛熟・弱体化(ゲルマン人の大移動、ゴート族。「パンと見世物」)→西の帝国の衰亡→優秀な人材に支えられて東の帝国は持ちこたえる→イスラム勢力の伸張→東の帝国の敗北
彼の書が「興亡(rise and fall)」史ではなく「衰亡(decline and fall)」史と名付けられているのも何だか納得なのだ。以前ローマについて少し書いたように、ローマの歴史は、その大半が滅亡へと向かう長い長い道なのである。「ゆるやかな」と私は表現したが、ローマが滅びゆく様子を眺めるのは、「あぁ、この人とはもうきっとダメなんだろうなぁ…」と何となく感じてから、情を断ち切り、きちんと別離を受け入れるまでの時間に似ている。
なぜ、ローマは史上最大の帝国となり、そして滅びたのか。
この問いに対して、私のような浅学の者なりに考えた結論は、
成功要因:
・能力が高い者は出身地に関係なく登用される仕組みと、それを尊ぶ気風(実利を重んじた)
・軍事力の重視。軍事訓練、研究にリソースが費やされ、厳格な軍規を守った
・領土の大半がよく開拓された豊沃の地
・天然の要塞。山脈、川を端と定め、国境の堅持に軍事力を注いだ
・適当なフロンティアの存在(低賃金労働者の供給が初期資本主義を支える要因)
・文化的多様性の許容
・完成度の高い政体。元老院の存在、法律の制定
失敗要因:
・長い平和の弊害で、尚武心、公義心が失われた
・過ぎた搾取(市民権が単なる浪費へのパスポートへと変化した)
・それに伴い市民の名誉だった軍が傭兵で構成されるようになり、軍事力のコントロールが失われたこと
・領土があまりに広すぎた(極めて優秀な皇帝の属人的能力がなければ統治しえない、という意味で)
堕落するのは簡単だが、人間がストイックであり続けること、自分が悪い方向へむかっているのを察知し、軌道を修正し続けることがいかに難しいかが全てのような気もする。他にローマに替わりうる勢力が現れなかった理由も、有能な人材を自らに取り込んでしまうローマのしたたかさの勝利と見るべきではないか。
それにしても、ひとつの組織が1000年以上の命を持ったというのは本当に驚嘆させられる。
現代を振り返ってみると、1917年に「Forbes 100」だった会社100社のうち、87年にもForbes 100入りしていた会社は約3分の1。そのうち殆どが平均以下のパフォーマンスしかあげておらず、平均以上を維持し続けていたのは、たった2社 - KodakとGE - のみなのである。しかも、Kodakは最近元気がないそうだし(BY SWさん)GEは毎年強制的にパフォーマンスの悪い10%を入れ替え、10年間で完全に構成員が交替する仕組みになっていると聞いたことがあるので、もはや「同一組織」と言えるかどうか微妙である。
ともあれ、難しいことはこの辺で切り上げて。ギボンの「ローマ帝国衰亡史」は純粋に読み物としても超大作で、ヘタなフィクションより断然面白かった。皆様も、お正月休みにでも日常の些事を忘れて悠久の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。ああ、またイタリア行きたい…。
最後に、この偉業を成し遂げたギボンと、ローマ帝国の偉人に対する個人的な感想を。
ギボンの本著でのキリスト教の取り上げ方は、聖職者の猛反発を買い、ギボン史観の批判書が、彼の存命中だけで60冊にも上ったそうだが、その論敵はケンブリッジ大学で説教を行なった際にギボン批判の前置きとして「衰亡史」について次のように述べた。「言語が続く限り、この書は永遠に続く」
帝国の歴史を紡ぎ出すために20年間を費やし「近世最大の歴史家」と賞賛されるギボンは幼いころ病弱で、屋内にこもらざるを得なかったために読書に親しんでいたこと、食が「小鳥のように」細く、特に勇者というわけでもなかったアウグストゥスが英雄カエサルでもなしえなかった帝国の創建をなしえたことは、弱点の多い人間でも大事を成し遂げられる、逆境は、それに打ち克った者にとっては勲章の一つである、と私たちに勇気を与えてくれる。
「心象において勝つこと、これが全てである」(アウグストゥス)
1000年を超える帝国の歴史をものすごくザックリとまとめると、
帝国の成立(アウグストゥス)、統治体制の大枠と版図が定まる→何人かの優秀な皇帝とその他大勢のダメな皇帝(公共工事、帝国版図拡大を狙ってのチャレンジはあまりうまくいかず、親子の情に走った世襲の失敗)→混乱の時代(次々に即位しては引き摺り下ろされる皇帝。軍隊に対するコントロールが失われる。辺境からの相次ぐ侵入)→ときどき優秀な皇帝が出て小康状態を保つも基本的に内輪揉め多し(辺境属州出身の軍人皇帝による小康状態。分割統治)→絶えざる異民族の辺境侵入と帝国の爛熟・弱体化(ゲルマン人の大移動、ゴート族。「パンと見世物」)→西の帝国の衰亡→優秀な人材に支えられて東の帝国は持ちこたえる→イスラム勢力の伸張→東の帝国の敗北
彼の書が「興亡(rise and fall)」史ではなく「衰亡(decline and fall)」史と名付けられているのも何だか納得なのだ。以前ローマについて少し書いたように、ローマの歴史は、その大半が滅亡へと向かう長い長い道なのである。「ゆるやかな」と私は表現したが、ローマが滅びゆく様子を眺めるのは、「あぁ、この人とはもうきっとダメなんだろうなぁ…」と何となく感じてから、情を断ち切り、きちんと別離を受け入れるまでの時間に似ている。
なぜ、ローマは史上最大の帝国となり、そして滅びたのか。
この問いに対して、私のような浅学の者なりに考えた結論は、
成功要因:
・能力が高い者は出身地に関係なく登用される仕組みと、それを尊ぶ気風(実利を重んじた)
・軍事力の重視。軍事訓練、研究にリソースが費やされ、厳格な軍規を守った
・領土の大半がよく開拓された豊沃の地
・天然の要塞。山脈、川を端と定め、国境の堅持に軍事力を注いだ
・適当なフロンティアの存在(低賃金労働者の供給が初期資本主義を支える要因)
・文化的多様性の許容
・完成度の高い政体。元老院の存在、法律の制定
失敗要因:
・長い平和の弊害で、尚武心、公義心が失われた
・過ぎた搾取(市民権が単なる浪費へのパスポートへと変化した)
・それに伴い市民の名誉だった軍が傭兵で構成されるようになり、軍事力のコントロールが失われたこと
・領土があまりに広すぎた(極めて優秀な皇帝の属人的能力がなければ統治しえない、という意味で)
堕落するのは簡単だが、人間がストイックであり続けること、自分が悪い方向へむかっているのを察知し、軌道を修正し続けることがいかに難しいかが全てのような気もする。他にローマに替わりうる勢力が現れなかった理由も、有能な人材を自らに取り込んでしまうローマのしたたかさの勝利と見るべきではないか。
それにしても、ひとつの組織が1000年以上の命を持ったというのは本当に驚嘆させられる。
現代を振り返ってみると、1917年に「Forbes 100」だった会社100社のうち、87年にもForbes 100入りしていた会社は約3分の1。そのうち殆どが平均以下のパフォーマンスしかあげておらず、平均以上を維持し続けていたのは、たった2社 - KodakとGE - のみなのである。しかも、Kodakは最近元気がないそうだし(BY SWさん)GEは毎年強制的にパフォーマンスの悪い10%を入れ替え、10年間で完全に構成員が交替する仕組みになっていると聞いたことがあるので、もはや「同一組織」と言えるかどうか微妙である。
ともあれ、難しいことはこの辺で切り上げて。ギボンの「ローマ帝国衰亡史」は純粋に読み物としても超大作で、ヘタなフィクションより断然面白かった。皆様も、お正月休みにでも日常の些事を忘れて悠久の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。ああ、またイタリア行きたい…。
最後に、この偉業を成し遂げたギボンと、ローマ帝国の偉人に対する個人的な感想を。
ギボンの本著でのキリスト教の取り上げ方は、聖職者の猛反発を買い、ギボン史観の批判書が、彼の存命中だけで60冊にも上ったそうだが、その論敵はケンブリッジ大学で説教を行なった際にギボン批判の前置きとして「衰亡史」について次のように述べた。「言語が続く限り、この書は永遠に続く」
帝国の歴史を紡ぎ出すために20年間を費やし「近世最大の歴史家」と賞賛されるギボンは幼いころ病弱で、屋内にこもらざるを得なかったために読書に親しんでいたこと、食が「小鳥のように」細く、特に勇者というわけでもなかったアウグストゥスが英雄カエサルでもなしえなかった帝国の創建をなしえたことは、弱点の多い人間でも大事を成し遂げられる、逆境は、それに打ち克った者にとっては勲章の一つである、と私たちに勇気を与えてくれる。
「心象において勝つこと、これが全てである」(アウグストゥス)
2003年10月29日
毎日内容のあることを書き続ける難しさを痛感している今日この頃だが、私の頭を今占めているものを整理するためのヒントとして、平行して読んでいる本をリストアップしてみた。
■エドワード・ギボン「新訳 ローマ帝国衰亡史」(PHP出版)
「生産性は上がっているが労働時間は短くなっている」というアメリカの現状は、「パンと見世物」のローマ帝国爛熟時代に似ているのではないか?という思い付きから、ローマの歴史を検証してみよう、と思い立って読み始めた。
結論から言うと、夫が以前このBlogに付けたコメントがかなり適切にまとまっている。たまたま初期に偉大な皇帝がいたためにあのサイズ・フレームワークに落ち着いたが、やはり元々国が大きすぎて維持コストが大変だったらしい。また、皇帝の責任があまりに重すぎた(属人的な支配になりやすいスキーマだった。対照的なのはヴェネチアだろうか?)世の中には凡人の方が遥かに多いので、権力の濫用や堕落を招き、ローマの歴史はその殆どが無能だったり残酷だったり凡庸な皇帝によって支配されている。
とにかく、1000年を超えるローマ帝国の歴史の大半は、滅亡へと向かうゆるやかな道であった、というのが非常に印象的である。裏を返すと、いったん確立したスキーマが安定的であればあるほど、それを覆すだけの新しいものを産みだすのは難しいと言うことだろうか。まだこの本も、最初に斜め読みして「なぜ滅びたのか」の結論を掴み、現在読み込んでいる最中なので、感想は追々アップしようと思う。
■クレイトン・クレイテンセン「イノベーションのジレンマ」(翔泳社)
ローマ帝国の滅亡の理由を考察するにあたり「優良企業は、全てを正しく行うが故に失敗する」という法則について書かれた名著を平行して読んで、組織というのはどうあるべきか、考えようと思っている。
■S・I・ハヤカワ「思考と行動における言語」(岩波書店)
これは先月読んだ「アイデアの作り方」で紹介されていた本。「セマンティクス」(要は、ある言葉が何を指しているか、という、日本語的にいうと「文脈」みたいなもの、らしい。詳細はこれから)について書かれている。
最近、「シリコンバレーで最もホットな技術はサーチ」と言われたりしている。これはあくまで私見だが、やはり最終的に検索系の技術というのは、どこまで的確にセマンティクスを捉えうるか、というところがあるような気がしていて、まぁ何はともあれ、「言葉の意味」というものについて少し考えてみよう。と思って購入した。
来月の課題図書としては、
■R.ボワイエ・P‐F.スイリ編「脱グローバリズム宣言―パクス・アメリカーナを超えて」(藤原書店)
日本では、個々人の分担や領域というのが比較的曖昧なままでも、エイヤで突貫工事に突入し、なんだかよく分からないけど、皆ですったもんだしつつ渾然一体となってプロジェクトを完成させる、というのはよくある話だと思うのだが、こういう「モジュール間の依存度が高い」マネジメントスタイルは、かなり日本独自のものだ、とよく外国企業で働く人から聞く。こういうマネジメントスタイルは、部品間の摺り合わせが重要な自動車産業に強い、というのも何だか納得である。
では、「モジュール間の依存度が低い方が良い」業界に、日本型のマネジメントスタイルは合っているのか?海外アウトソーシングが進む中で、異なるマネジメントスタイルの国と仕事をするために気を付けるべきこととは?
というのが今の私の問題意識。
最近流行りの「モジュール化」を読むなら、先にこちらのほうが良い、と友人が勧めてくれた。
その他、黄昏さんオススメの「六韜」にも挑戦する予定。
■エドワード・ギボン「新訳 ローマ帝国衰亡史」(PHP出版)
「生産性は上がっているが労働時間は短くなっている」というアメリカの現状は、「パンと見世物」のローマ帝国爛熟時代に似ているのではないか?という思い付きから、ローマの歴史を検証してみよう、と思い立って読み始めた。
結論から言うと、夫が以前このBlogに付けたコメントがかなり適切にまとまっている。たまたま初期に偉大な皇帝がいたためにあのサイズ・フレームワークに落ち着いたが、やはり元々国が大きすぎて維持コストが大変だったらしい。また、皇帝の責任があまりに重すぎた(属人的な支配になりやすいスキーマだった。対照的なのはヴェネチアだろうか?)世の中には凡人の方が遥かに多いので、権力の濫用や堕落を招き、ローマの歴史はその殆どが無能だったり残酷だったり凡庸な皇帝によって支配されている。
とにかく、1000年を超えるローマ帝国の歴史の大半は、滅亡へと向かうゆるやかな道であった、というのが非常に印象的である。裏を返すと、いったん確立したスキーマが安定的であればあるほど、それを覆すだけの新しいものを産みだすのは難しいと言うことだろうか。まだこの本も、最初に斜め読みして「なぜ滅びたのか」の結論を掴み、現在読み込んでいる最中なので、感想は追々アップしようと思う。
■クレイトン・クレイテンセン「イノベーションのジレンマ」(翔泳社)
ローマ帝国の滅亡の理由を考察するにあたり「優良企業は、全てを正しく行うが故に失敗する」という法則について書かれた名著を平行して読んで、組織というのはどうあるべきか、考えようと思っている。
■S・I・ハヤカワ「思考と行動における言語」(岩波書店)
これは先月読んだ「アイデアの作り方」で紹介されていた本。「セマンティクス」(要は、ある言葉が何を指しているか、という、日本語的にいうと「文脈」みたいなもの、らしい。詳細はこれから)について書かれている。
最近、「シリコンバレーで最もホットな技術はサーチ」と言われたりしている。これはあくまで私見だが、やはり最終的に検索系の技術というのは、どこまで的確にセマンティクスを捉えうるか、というところがあるような気がしていて、まぁ何はともあれ、「言葉の意味」というものについて少し考えてみよう。と思って購入した。
来月の課題図書としては、
■R.ボワイエ・P‐F.スイリ編「脱グローバリズム宣言―パクス・アメリカーナを超えて」(藤原書店)
日本では、個々人の分担や領域というのが比較的曖昧なままでも、エイヤで突貫工事に突入し、なんだかよく分からないけど、皆ですったもんだしつつ渾然一体となってプロジェクトを完成させる、というのはよくある話だと思うのだが、こういう「モジュール間の依存度が高い」マネジメントスタイルは、かなり日本独自のものだ、とよく外国企業で働く人から聞く。こういうマネジメントスタイルは、部品間の摺り合わせが重要な自動車産業に強い、というのも何だか納得である。
では、「モジュール間の依存度が低い方が良い」業界に、日本型のマネジメントスタイルは合っているのか?海外アウトソーシングが進む中で、異なるマネジメントスタイルの国と仕事をするために気を付けるべきこととは?
というのが今の私の問題意識。
最近流行りの「モジュール化」を読むなら、先にこちらのほうが良い、と友人が勧めてくれた。
その他、黄昏さんオススメの「六韜」にも挑戦する予定。